2008年3月31日

7階


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 かつて選挙前には、発展、技術革新、新しい世代の将来について話し合ったものだった。より良い社会について。なのに徐々に、選挙のたびにレベルは下がり、気がつかないうちに底までたどり着いてしまった。年月は過ぎ、イタリアはなくなってしまった。政治討論は国の災難の分析に変わった。まるで老人たちの会話みたいな、たとえば、まず「ああ、昨日誰が亡くなったか知ってるかい(相手は必ず知っている・・・)」とか「お向かいの老婦人の病気は何か知っているかとか(相手は必ず知っている・・・)」。それは若者の国ではない。
 各党はアリタリアの倒産、マルペンサ空港の失敗、カンパーニア州の有毒廃棄物、観光客の減少、放射能汚染されたモッツアレッラ、移民の審査がないとか、司法はむちゃくちゃだとか、財政赤字、マフィアについて比較検討している。将来それが2008年の選挙キャンペーンについて思い出される内容だろう。新しいスローガン、議員たちが治そうとしている国の病気。ウイルスはその責任者である。 恥ずかしげもなく。Veltrusconi(ヴェルトローニにせよベルルスコーニにせよ)が戸口にいるようりは、家の中の死者の方がましである。
 
ディーノ・ブッツァーティ(Dino Buzzati)の『7階』という話の中に、たとえ話がある。ある男が、なんと言うこともない普通の病気でクリニックの7階に入院した。病状が悪化するたびに、1階ずつ下がっていき、結局上に上がることなく、地上階まで下りてきた。そこで悪化して死んでしまうのだ。我々は、もう地下室だ。
 治安、賃金、住宅、組織犯罪についての問題を作り出しておきながら、我々に解決策を出してくるのだ。破綻した政治家たちが、国のためにといって「必要な措置」で介入を提示してくる、まるで手術室に殺し屋ジャックがいるようなものだ。
 アリタリアは、アスファルトの頭(ベルルスコーニ首相)とエンメンタール・ルナルディ(運輸相)の5年間の政権時代に決定的に破産し、カンパーニア州はバッソリーノ州知事とその擁護者ダレーマのために世界のゴミ箱になり、財政赤字はトレモンティ(元経済相)時代に月に届くほど膨らんだ。全ての破滅には責任者の名前がある。幸いにも。選挙集会の彼らの発言の声を下げさせよう、 踏み台から下りてもらおう。彼らの情報の下僕人らと一緒に、バスで帰ってもらおう。
V-day 4月25日、自由な国に情報の自由を。

。。。から出した。 Beppe Grillo 09:27 in 政治| 解説 (0)
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2008年3月30日

Hu Jintaoからの手紙

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中国国家主席 胡锦涛( Hu Jintao )がリチャード・ギア、ベッペ・グリッロ、ナンシー・ペロージらにあてた手紙

 世界の世論に影響を与えるあなた方のようなリーダーたちにチベットの真実を知っておいていただくことは重要だと考えます。
 ラサの古都では、ポタラ広場には赤い旗が風にはためき、盛大に飾られ、Yarlung Zambo川は軽快な音をたてて流れています。我々中央政府のメンバーはチベットの全民族の幹部と人民とともに、この偉大なチベットの平和的解放の57周年記念式典を、喜びに満ちて取り行っています。
 57年前、中央委員会CPCとMao Zedongは状況を正しく判断した予防策を講じ、チベットを和平的に解放するという決断力のある有意義な政策をとりました。中央政府とチベット地方政府は「チベットの和平的解放策に関する合意」に署名しました。チベットの和平的解放は中国の近代史においてもっとも重要な出来事の一つであり、チベットの発展にとって歴史的転換点でありました。チベットは、これを境にして帝国主義の暴力的な奴隷状態から解放されたこを象徴し、中国の偉大な統一、その統一の意向はそれ以降の発展の時期を迎えたのです。新たな時代が訪れ、チベットは闇から明るさへと移りました。発展の停滞から進歩へ、貧困から豊かさへ、閉鎖から開放へと移行しました。
 過去57年間にチベットの社会システムは、社会主義に則り、大きく発展しました。チベット市民が長い間利用され苦しんできた封建的奴隷制度の廃止で、100万の当時、最低限の人権も保障されていなかった奴隷たちは、今立ち上がり、自らの人生の主人 となりました。今日、すべての民族グループが政治的、経済的、文化的、その他の権利を有しています。
 過去57年間にチベットでは、実質的に経済が発展し、人々の生活レベルは大幅に改善しました。民主主義的改革、社会主義的変化とその開放を介して、チベットの社会生産力は前例のないほど自由化され発展しました。
 この過去57年間に、チベットにおける社会主義の精神的文明開化 は確実に普及し、社会はどのような観点においても発展しました。教育、科学、技術、公共医療などは強力に発展しています。チベットの全民族は一般的に政治的意識が向上し、倫理面でも、科学レベル、教育レベルも向上しました。チベット文化 のすばらしい伝統は、受け継がれ、保護されるだけでなく、また社会発展の新たな要望をかなえ、人々の現代の生活に反映されるように資金援助されています。
 過去57年間に、チベットの全民族の団結は、常に強化されその社会の安定性は維持されてきました。民族の宗教の自由完璧に尊重され、保護されています。全ての民族は団結して、ダライ一味の破壊的な独立分離運動と反中国運動を明るみにしました、このようにしてチベットの安定と国の統一、国の安全を監視保護してきたのです。
 この激動の変遷の57年間の間に、真実が明るみになりました。それは、唯一中国共産党の指導と祖国の保護、中国的特徴のある社会主義的手段を維持することで、チベットは今日その繁栄と進化を享受することができ、明るい将来を考えることができるのです。 これが、チベットの57年間の発展後に我々が見出す最も重要な結論であり、将来チベットの建設と発展において従うべき基本的な原則であります。
 チベットは、我々偉大な祖国の美しく豊かな一地区です。チベットのすべての民族の勤勉で才能のある人たちは、この長い発展の歴史において中華人民共和国、他民族国家の素晴らしい文化の誕生に特別な貢献をしました。過去半世紀の間には、チベット民族はチベットの進化発展の輝かしい一章を記し、われわれの社会主義祖国の大いなる家族に新たな栄光を付け加えてくれました。
 私はあなた方を北京のオリンピック競技個人的にご招待することを誇りに思います。中国の進歩と発展を一緒に見る最良の機会になるでしょう。ありがとうございます。 胡锦涛


。。。から出した。 Beppe Grillo 20:01 in 情報| 解説 (1)
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最初からやり直し


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 アグリジェント出身のイタリア系オーストラリア人40年ぶりにイタリアに戻った。ノスタルジーに陥ったのだろう。イタリアを去ったのは1968年、マイク・ボンジョルノ(Mike Bongiorno)とピッポ・バウド(Pippo Baudo)がテレビに出ていたころである。政治家はアンドレオッティ(Andreotti )だった。アリタリアはストライキをしており(それで船便で出発した)、通勤列車は満員で薄汚れていて、いつも遅れていた。道路工事のことを思い出した。そのころはいたるところで道路工事が行われていた。サレルノ-レッジョ・カラーブリア間の高速はもう少しで完成ということだった。そのころ南イタリアの経済危機、マフィア、ネオ・ファシストの問題があった。それが今、まったく同じなのにびっくりした。
 テレビ番組では、ミーノ・レイターノ、ペッピーノ・ディ・カプリ、ジャンニ・ペッタナーティが“Bandiera gialla(黄色い旗)”を歌っていた。「それでパンネッラは?」と彼は私に尋ねた。「まだいる?」 私は彼がまだ以前と同じ場所にいて、同じようにハンガーストライキをしているのを教えてあげた。「それでアルベルタッツィとライモンド・ヴィアネッロは?元気かい?」私は彼らが今でもテレビに出演しているのを教えてあげた。 「で、フェーデとヴェスパは?」 「ニュースの?」「テレビ局を変えたけど、前よりもっと情報をねじ曲げているよ、経験をつんだキャリアを売っているんだ」と私は答えた。その瞬間、ラジオでトニー・ダッラーラの“Come prima più di prima”の歌が流れ、ミーナがベストテンの1位だということだった。
 移民のこの男は、冗談だろうと思って、テレビ番組のチャンネルをまわしてみた。やっていたのはマンゾーニの小説「プロメッシ・スポージ(婚約者)」からの朗読とその近代性について、ベニーニがダンテの神曲を朗読しローマ法王はバルコニーから説教していたのであった。
 彼のころの最新の車は、ねずみ色のFiatのチンクエチェントだった。「それでFIATの調子は?最新のモデルは?」私は彼のリアクションを恐れて、時間を稼いだが、今年の自動車、新しいチンクエチェントの広告を見せた。「マーゴ・ズルリは?」 と口笛をふいた。私はうそをつきたかったが、無理だった。「今年もゼッキーノ・ドーロの司会をしている、でもトーポ・ジージョはいないよ、ジージョは今は政治家(ヴェルトローニ)だからね」
 すぐに戻った彼から、私にシドニーから絵葉書が届いた。それは、シチリアのべリチェで1968年に起こった地震後の瓦礫の昔の絵葉書だった。そこは今でもまったく同じ情景なのだ。


。。。から出した。 Beppe Grillo 18:59 in 嘆きの壁| 解説 (0)
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2008年3月25日

情報を求めるデモ行進を!

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 イタリア市民の将来へのデモ行進は平和的なものである。ゆっくりと、しかし止まることなく、勇気ある、まるでパオロ・コンティの歌gli occhi di Bartali のようにアレグロな。それは情報のウイルスを介して伝わり、このことを知った市民は真実のオリンピックに参加するのだ。一方、それを知らない市民はただテレビを見ているだけである。
 自由な国における情報の自由を求めるデモ行進は、すでにネット上で始まっている。それは毛沢東の長い行進や、ガンジーの行進のようなものである。各人が好きなイメージ、自分のメッセージを選べばよいし、10万人の市民と一緒に、情報操作やうまく隠された検閲からイタリアを救うためにネット上で行進しよう。権力はメディアをコントロールする権力はメディアをコントロールするがゆえに権力をもつのである。市民がメディアのコントロールを取り戻せば、イタリアの民主主義は回復する。そのためにわれわれは行進するのだ。
 春だ、君たちも理性の窓をあけて。自分の頭で考え、その喜びを再発見してほしい。深呼吸し、空を見上げよう。真っ青な空に、ツバメも飛んでいるだろう。美しい国(Bel Paese)に戻そう。そうだろう?きっと出来るだろう、政治と情報に寄生している階級からわれわれ自身を解放することが。V2 day行進のときに、列の近くの人たちと平和の印を交換しあってほしい君たちが好意を抱ける人ばかりだ。
 行進に参加しよう、そして君たちのブログ、バンナーに君たちのポジションを入れてほしい。将来、君たちもこう言えるだろう。「ずっと昔、イタリアがまだ専制政体だったときに、僕もいたんだ」と。


。。。から出した。 Beppe Grillo 10:52 in 情報| 解説 (1)
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2008年3月20日

2001年セメントの旅

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2000年: 市町村は建設認可による歳入金を投資目的のみ使うことが認められていた。
2001年10月:市町村は建設認可による歳入金を、何の目的にでも好きなことに使ってよいと、法律 Testo Unico sull’ediliziaで、認められ、建設ブームが起こった。
2000年: 建設された住宅は159.000 件。
2007年: 298.000 の住宅 が建設され、38.000 件の増築が行われた。
 7年の間に建設認可数は倍増した。イタリア領土はビル、ミニ高層ビル、倉庫、二軒目の、三軒目の、四軒目の別荘、駐車場建設でセメント化していった。市町村が認可で得た収入は2倍になり、その使途目的はなんら義務付けられていない。 つまり領土を殺すライセンス持っているということである。
 市(コムーネ)の領土は、コムーネ(共有)という言葉が示すとおり、そこに住む市民の「共有の」財産でなければならない。森林、野原、パノラマのある風景、散歩ができる場所、子供を遊ばせる場所、公園、庭園、あるいは地平線の見える単なるスペースでも、それらは市民のものである。領土が市民であることを明確にし、単に市に雇われている市長や市議会議員のものではないことを明らかにしたところで、質問をしよう。
 建設認可によって得た使途目的の義務のなくなってしまった金は、どこに消えたのであろうか。新しいサービス、保育園、サイクリング道路、公共交通手段などにはなっていないようだ。調べてみよう。すべての市で。
 イタリアをこれ以上どこまでセメント化できるだろうか?元に戻るとしたら セメントを除くこと。 観光地はセメントで窒息しそうである。
 最も建設認可を受けた建設会社はどの会社だろうか。 もやはモラッティ市長より、ヴェルトローニ市長よりも建設者のほうが力が強い。彼らを市議会から締め出さなければならない。選出されたわけでもないのに、そこにいるのだから。
 2001年の法律から始まったこの地獄のようなプロセスを止めなければいけない。時計の針を2000年に戻す必要がある。セメントを少なく、政党への献金を減らし、市の本当の主人である市民は、市議会に赴き、この建設ラッシュの原因を求め、その面会の様子をカメラで録画すべきである。
 美しい国は私たちのものだ、取り戻そう。

。。。から出した。 Beppe Grillo 22:19 in 経済| 解説 (0)
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2008年3月19日

比例代表制リストに投票するのをやめよう

 

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 選挙候補者リストは透明なイースターエッグだ。びっくりさせるプレゼントは中にはいっていない。デッルートリ、クッファロ、カッラ、クリサフッリらはもう当選確実だ。その他の候補者も同様。月給2万5千ユーロをもらう議員として、ファッシーノ(4回目)も、そのも(5回目)ダレーマも、ベルルスコーニの弁護士や秘書も当確である。下院、上院の議席は埋まり、完売済みである。
 議会はイタリア人の新たな「売春宿」である。2006年にカルデローリ議員とベルルスコーニ首相が望んだとんでもない選挙法は候補者リストの順位が固定されている。それをメルリン・リスト(メルリン法は売春を禁止した法律で、売春宿を廃止した)と呼ぼう。国民から候補者を選出する可能性を奪ったものである。下院上院議員らはイタリア中の路上で党事務局が拾ってきたものである。政治の様相はもはや売春宿経営者のようだ。 

 我々の票は役に立たない。ゲームはもう終わっているのである。信じられないだろうか?私は、選挙の前に下院と上院の当選議員名リストを発表するつもりだ。一人一人の氏名、時効で無罪なのか、有罪なのか、すべて記載する。選挙の後に誰が当選したか確かめて欲しい。もし私の予測があたったら、それは国民をまったく馬鹿にした選挙だったというわけだ。
 もう一つ気に入らないことがある。市長、州知事が国政選挙の候補者になるために辞任できることだ。市民、州民は彼らを任期5年を務めてもらうため、確実な仕事させるために選んだのに。市、州の、雇い主である国民の意向はどうでもいいのか。フォルミゴーニはロンバルディア州知事から外相になるために辞任する、トーポ・ジージョのヴェルトローニはローマ市長を辞めて党書記長になる。馬鹿にされていると思わないか?無駄になるロンバルディア州選挙、ローマ市長選のための選挙キャンペーン資金、市民の時間。また市長選、州知事選、新しい評議員。彼らはポジションを変えるたびに収入が増える。売春婦のようだ。

 投票をやめよう、それがみんなに残された唯一の選択肢だ。憲法違反の選挙法を正当化しないようにしよう。4月13日に投票権を行使としている人に、それが魔法の犠牲者であることを説明してくれ。投票する人は共犯になる、それに気がついていないとしても。

 

 

。。。から出した。 Beppe Grillo 11:18 in 政治| 解説 (0)
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2008年3月18日

流血のオリンピックに反対

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イタリアは北京オリンピックをボイコットすべきだ。オリンピック競技はチベット人の血にまみれている。チベット自治区のラサで100人以上の犠牲者が出ており、そのうちの何人かは焼死したという。彼らは1959年の中国政府の人権弾圧に対するチベット民族蜂起を記念した抗議デモを行っていた。

 仏教は征服の宗教ではない。一神教徒らが数世紀にもわたって繰り返した惨事を、仏教徒が引き起こしたことはない。仏教徒は殺されることはあっても殺さない。 中国政府は、チベット人が月曜日までに抗議デモを中止しなければ、新たな武力鎮圧を行うと脅している。占領した国内でその国民を脅しているのである。ほとんどが亡命を余儀なくされているその国民を脅し寺院を破壊し、移民でそのアイデンティティーを消滅させようとしている。
 チベット人は世界でも最も平和的な国民である。数十年来、中国人から小さなホロコーストを受け続けているが、西洋はいつもそれから眼をそらしてきた。Pecunia WTO non olet. (ラテン語のことわざ「出所はどこであれ、金は臭くない、金は金」をもじって、WTOは人権ではなく金権で中国を承認した、の意味)昨年秋、イタリアを訪れたダライ・ラマに、プローディもベルルスコーニも会おうとしなかった。まずはビジネス、それから人権というわけで、彼をまるで追放者のように扱った。わが国の政治家たちは世界に恥をさらしている。
 イタリア人スポーツ選手よ、オリンピックに行くのをやめよう。独裁者に反対するのが最良の行動だと思う。息子や孫も君たちを自慢に思うだろう。イタリア人の多くが君たちを讃えるだろう。その代わりオリンピック期間中は私の家に泊まって、私がパーソナルトレーナー代を支払う。
 北京オリンピックはラサの惨事 を下敷きにして取り行われるべきではない。オリンピック競技の決勝のたび、表彰のたびに、殺されたチベット人と世界の無関心な目の下で侵された国が思い出されるだろう。ミラノで私はダライラマに会った。偏見のない自由で善良な人であるが、断固として彼の国民に自由を取り戻す決意があった。私はブログから彼に挨拶を送る。
 血のオリンピックに反対。

 

。。。から出した。 Beppe Grillo 09:24 in 情報| 解説 (0)
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2008年3月14日

2008 -1929?

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 米国不動産市場の不況に関する予測は、まったく心痛むものである。サブプライムローン を覚えておられるだろう。銀行が所得を確認せずに誰にでも貸し付けた住宅ローンで、それを投資ファンドに形をかえて、あちらこちらにばらまいたのである。銀行はローンを売り、ローンが含まれるファンドも売っていた。銀行も、たとえばノーザンロックの株価は急落して、紙くず同然になってしまった。
 ベン・バーナンキFRB(連邦準備制度理事会)議長は20077月、米国の金融システムへの損害を1000億ドルと予測した。その後ゴールドマン・サックス5000ドルに修正、さらにニューヨーク大学スターン・スクール・オブ・ビジネスの ルビーニ教授は、最近その推定値を30000ドルまで引き上げた。それは米国のGDP20%に相当する額である。そのルビーニ教授は 米国の株式市場に対する波及効果を56000億ドルの損失とみなしている。
ルビーニ教授の悲観主義、あるいは現実主義によると、損失額は米国のGDP総額に相当する金額に達し、 家の価値は少なくとも最大値の10%は減少し、さらに20%の損失が予測されている。
ローンを払っている人は、不動産の担保が市場価格を超えているのに気づくと、銀行に家の鍵を届ける。銀行はそのため不動産財産価値を引き下げざるを得ない。金融の損失(深い裂け目)から戻るために、リスクの高い貸付の取り戻そうとする。そして負債債権を売るのである。
銀行、証券、家の価値が下がり、突然、誰ももうお金を借りなくなる。ドルの価値は暴落し、20082月には63.000の雇用ポストが減った。このようなケースでは、新たな1929年だと言わざるを得ないだろう、それが起こらないとは限らないシナリオだから。エコノミストたちは30年代以降最大の不況だと推測する。
ヨーロッパでもっとも低い月給をもらい、世界でもっとも高い税金を払い、まともな公共サービスをうけられないイタリアの中流はこのような金融の津波にさらわれないように注意しなければならない。それよりもひどいことにならないようには思えても、最低限の注意はしておくべきである。人生すべてを台無しにしないために、お金のない人は借金をしないこと。少しはお金のある人はファンドに投資しないこと、家の購入は先に延ばすこと。
楽観的にカタストロフィー(破局)へ向かうために。

。。。から出した。 Beppe Grillo 09:27 in 経済| 解説 (0)
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