2009年10月30日

スイスとイタリア

スイス? No, トレモンティ!
(0:32)
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トレモンティ経済相がスイスに戦いを仕掛けた。ユーロ密輸の戦い。脱税者のお金をめぐる戦い。およそ6000億ユーロ がイタリアから、税務署に申告されていない金が、スイスの銀行に預けられている。ルガーノだけで2000億。ルガーノは、イタリア人脱税者の祖国で、イタリアの国庫を救うために、スイスから金を引き出そうというのが、トレモンティのミッションで、イタリア国内にあるスイスの銀行の76の支店に税務署員を送り込んだ。

税務署員は、9月から、イタリアとスイスの国境を行き来するを取調べている。スイス国民は、ローマから送られた税務署の捜査対象になっている。

ベルンのイタリア大使は、説明のためにスイス当局に呼ばれ、スイス内相パスカル・クシャパンは、イタリアの態度をスイスの銀行に対する襲撃だと定義した。

ルガーノにある銀行の資本金の3分の2と推定される、脱税者の金がすべてイタリアに戻ったら、このティチーノ州はつぶれてしまう。社会的泥棒と競い合うための戦争、自分の国に払うべき税金を払わず、100万ユーロをスイスに持ってくる、スイス銀行が秘密を守るから?

普通の一番社会的に弱い国民の層から取った税金を、学校、病院に使い、スイスに隠している人は、イタリアに裳って帰れば、わずか5%の通関税ですむ。泥棒対泥棒だ。イタリアとスイスとどちらが勝つだろう。

そして、この資金は、いったい誰の金なのだろう。政治家で関わっている人がいるのだろうか。議会でこの法案に賛成した議員もそうだろうか。
スイス人も、小さい国であっても怒る。

もし話せば、イタリア政府は一日で倒れる、と元銀行役員が言った。.
話してくれないか!



。。。から出した。 Beppe Grillo 23:33 in 経済| 解説 (0)
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2009年10月25日

ベルルスコーニのプレゼント


(9:59)
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ミルスは、収賄で有罪になったが、収賄になるためには、贈賄者と贈賄する理由がなければならない。なぜ、ミルスは買収されたのか。誰もそれについて、話さなかった。それは、メディアがそれを無視し、そのほかの売春婦や水色の靴下のことばかり報道したからだが、何人が関連しているのだろう。ピーター・ゴメツが、このインタビューと彼の本の中で説明する。本「ベルルスコーニのプレゼント」


60万ドルよりももっと多く

ファット・クオティディアーノ紙、一ヶ月前から発売されている新しい新聞の記者のピーター・ゴメツです。アントネッラ・マスカーリと共著で「ベルルスコーニのプレゼント、証人を買収し、裁判に勝ち、首相になる、ミルス事件に関する真実」という本をだしました。

本来なら、国民が知るべきミルス裁判の事実、ベルルスコーニがアルファーノ法を用いて自分の裁判を阻止しようとした裁判について書いた本で、実際は、この裁判については、ほとんど知られていません。それは新聞とテレビがなにもフォローしなかったことで、皆はベルルスコーニがミルス弁護士に嘘の証言をしてもらうために60万ドルの賄賂を払ったとしか知らされていないのですが、 それだけが真実ではなく、実は60万ドル以上の金を受け取っているのです。

ミルスが最初に金を受け取ったのは、1995年、3度個人的に会った後で、100億リラを支払うことにした、それはなぜか。ベルルスコーニはその当時、自分の会社を上場させようとしていたので、税務警察、検察、イタリア中、テレビ当局も彼に注目しており、問題は外国の一連のオフショアー企業を通じてSkyの前身の最初の有料テレビ会社 Telepiùをほぼすべて所有していることを知らせたくなかった。ミルスはベルルスコーニから100億を外国で受け取り、英国の税務署に「このオペレーションをしているオフショアの会社は私のものです、ベルルスコーニのものではありませn」と言わせたのです。これは証券取引所監督委員会の調査を免れるのにも役立ちました。

裁判の資料

この裁判の記録は、すべてが紙であり、100億リラについても英国税務署の書類が証拠であり、誰かの証言ではありません。2000年に始まったのではなく、もっと前の事件なのです。1991年クラクシ首相の二人の管財人がおり、一人はトラダーティという名前で、社会党内でクラクシのコックとあだ名されていた人、数年彼の側近をつとめ、彼のために外国に口座を開設した。ある日トラダーティは、クラクシに電話をして、彼の口座 Northern Holdingに150億リラが入金されたと報告した。あらかじめ聞いていたのは100億より50億多い、クラクシは笑いながら「50億多い、その分は返金してくれ」と言った。

ここからミルス裁判が始まる。ミラノ地検は10年間この100億がどこから来たのかを調べ続けたから。994年、エニモント裁判の最中に、トラダーティが検察と協力しはじめ、クラクシからの送金についてすべて話し、ただし、その100億については、何も知らないと主張した。1996年、トラダーティが知らないと言い張っていたこの金が誰のものか分かり始める。オールイベリアンからの金、それはカナリー諸島のベルルスコーニが所有する会社が管理していた外国預金だった。

ベルルスコーニの秘密

オールイベリアンの口座は、何もわからなくてもよい、それは、テレビ番組、映画などの権利を扱う会社、メディアセット、というよりはむしろフィニンベスト・センチュリー・ワン、ユニヴァーサル・ワンという二社のものである。

長い間この2社が誰の会社なのか分からなかったが、ミルス裁判が始まると、2003年にとうとう、この2社がベルルスコーニの子供のマリーナとピエルシルヴィオの所有だと分かる。テレビ番組、映画の放映権の金がここに流れ込むようになっているが、だれも何故なのか分からなかった。米国や外国で買い付けた番組や映画を自分の外国の会社を介して、高い値段をつけて、利益を増やし、すべての利益は、隠して脱税していた。検察がミルスを取り調べはじめる前に、ベルルスコーニを良く知っているスイスの銀行家パオロ・デル・ブエがロンドンのミルスの会社を訪れ、金はおそらくバハマに消える。

今日なぜベルルスコーニが、外国の隠し資産を国内に持ち込んでも犯罪にならずわずかの罰金で済ませられるようにしたいのかは、自分の金を持ち込みたいからで、この金は、まず脱税の金であり、そして贈賄と不正経理の金である。そして市場の規則違反。そのためにミルスに1995年96年に金を渡したのだった。

この日から、ミルスは、多くのことについて偽証をし、フィニンベストの外国の隠し会社が誰の会社か言わない、彼の事務所は家宅捜査され、オフショア会社の膨大なリストが押収される。

1994年ベルルスコーニは捜査令状を受け取るが、それは彼の会社から税務警察へ賄賂を贈ったことだったが、その後破毀院は彼を無罪にした。誰もミルス裁判の判決文を読まないが、私たちの本にはそれが添付されている。ベルルスコーニは税務警察への賄賂の裁判で無罪になったが、ミルスは彼がオフショア会社の本当のオーナーであることを証言しなかった。もしベルルスコーニがこの裁判で有罪になっていたら、今首相はしていないだろう。

アルファーノ法がなくなって何が起こるか

ベルルスコーニは、何が起こるか大変心配している。私たちの本の中には、今何がすでに起こっているかを書いてあります。首相の心配は、すべて裁判についてです。ミルスが本当に有罪が最終確定したら、多分そうなるでしょうが、彼に対する判決は、証拠の価値があり、ベルルスコーニは大変な問題を抱えることになります。

最初からやり直し、首相が何百人の証人の証言を要求したとしても、裁判官は、すでに賄賂は渡された、フィニンベストの金が渡されたのは事実で、それを命令したかどうか、だけなので、それを省略できるのです。そのために、今、彼専用の多数の法案提出され、刑事訴訟法の規則の改正案としてすでに、すでに出された判決は、証拠としての価値を持たない、という規定が入れてあります。


。。。から出した。 Beppe Grillo 10:24 in 情報| 解説 (0)
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2009年10月23日

Ju tarramutu 本当におこったこととは

Ju Tarramutu: 予告編
(2:18)
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ベッペ・グリッロのブログは、地震の後すぐに、サマンタ・ディ・ペルシオの証言をSkypeで受け取り、ともに地震の状況を追ってきた。彼女は、この本の著者で、ラークイラで地震の夜、避難した人たちの一人だ。

ブログは、数十件のポスト、数百のビデオをネットでを掲載した(そのうちのいくつかは削除された)。数千のコメントがアブルッツォやその他から寄せられた。ブログを読んだ人たちは、地震と被害者になんら関係のないことがわかったはずだ。もし同じ地震が日本で起こっても、死者は一人もなかったはずだ。研究者ジュリアーニの話を、消防隊が真剣に聞いていたら、誰も死ななかっただろう。

多くの家が、砂の混ざったセメントで出来ていて、公の建物が一番先に崩壊した。検察は、捜査を行っている。このブログはその捜査の行方を追う。 “Ju Tarramutu” の本は、国の義務不履行を訴える。自然災害ではない人災の悲劇の話である。

本から引用:
"同じ郷土の人々との約束を守ったような気がする。彼らの証言を本にしようとした時、特に真実を書くように、と皆に言われた。それは、メディアが報道していたことは、甘味料が加えられた現実だったから [...]

4月6日午後、私は街を回ってみた。ラークイラはまだ、この数時間前に起こった地震にもかかわらず活動していた。渋滞があり、人々は徒歩でその夜をすごす場所を探していた。今日回ってみると、街は放置され、行政は無関心、街は汚れ、悪化している。草が歩道の脇に伸び放題である。むしろ違いが明白にわかる。G8の会談の会った場所は整い、その他の場所は、都市部分は忘れ去られ、亡霊の街のようだ。

感情的に、この本を書くのは難しい。私の記憶はまだ新しい。7万人の生活がいやおうなく変化したのである。私も、家族も、生きていられて幸運だと思う。専門家は、もし5秒長く続いていたら、もっと多くの被害者がでただろうと私に言った。もし朝だったら、もっと大変なことになっただろう。

家は再建するとしても、すべてを失った人々と会うことは、心がひどく痛む。傷はまだ癒えていない。シナリオは眼の前にある。生きることの意味があの夜、失われた。消防は責任の一部を負っているはずだ。バルベーリ会長、デ・ベルナルディニス(消防隊)、マッシモ・チャレンテ市長、ボスキIngv代表、が参加した3月31日の大災害対策委員会のことを多くの人が覚えている。

そこで「危険は全くない!」という結論がだされた。その翌日から、地元テレビ局は、市民を落ち着かせる情報を流した。専門家が大丈夫だと言ったのだから、それ以上何ができただろうか。

私は、23時の地震のときに外には、出なかった。出たとしても、また戻らなければならなければ、ばかげていると思ったから。立ち向かっていかなければならない、その翌日のことを考えていた。

専門家たちはラジオ中継を増やすことさえ考えなかった。皆がコミュニケーションで困難に陥った。307人が亡くなった。誰か良心がとがめる人がいるはずだ。" Samanta Di Persio

本の一部のページを閲覧する

。。。から出した。 Beppe Grillo 09:53 in 嘆きの壁| 解説 (0)
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2009年10月20日

震災を受けたオンナを復興させよう


(17:31)
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 10月12日、オンナを訪れた。私たちの募金 は、55,000ユーロに達した。Onna ONLUS と合意し、地方観光振興機関と再建計画を決め、募金同様、このブログはそのために、役に立つと思う。
 ラークイラから7キロの場所にあるこの街で、瓦礫を見た時の怒りと無力さの感じを表現するには、私の言葉は不十分だろう。そこでサマンタ・ディ・ペルシオの「
Ju Tarramutu」から引用する。


"オンナにいるのは、好きだ。ここが私のふるさとで、家族もいる。私は家を再建し、その周囲のバラックも建て直した。一月から古い馬小屋の修理もしている。そこに小さな部屋を作ろうと思っていたのだ。小さな村の中に小さな村を作った。90年代、一部分を再建して、私の娘マリアパオラがそこに寝ていた。かなりたくさんのお金を使った。 [...] 私の父と私は、なぜかわからないけれど、家々がもたれあって建っていれば、大丈夫だと思っていた。しかし、息子のドメニコが寝ていた場所は、父ドメニコが住んでいた隣の建物に押しつぶされて崩壊してしまった。その父も亡くなった。

 オンナの地震は、ひどいものだった。葬儀の日、チャンレンテ市長は、オンナのマグニチュードの最高は7だったと言った。私と妻が助かったのは、建物の中央部分が崩壊しないで残ったからだ。はっきり記憶に残っているのは、シェーカーのような音がしたことだ。1時まで、マリアパオラを安心させて、3時32分、地震が始まった。眼を覚ました妻抱きしめて、思った。「何か屋根の上に落ちた」 [...] 消防隊地震学者たちが、私たちを落ち着かせたのだ。地震は、正式に、12月から始まった。研究所の副所長が、言うように、地震があるたびに、私たちはIngv に電話をし、毎回同じように破壊的な地震は起こらないと繰り返した。所長と課長はナポリ出身で、イルピニアの地震を経験している。だから、地震の後に断層がおこるという情報を流すように望んでいた。3ヶ月経って、もう冗談を言うしかなくなっていた3月の末、私は新聞に一文を載せた。「安心して夜眠れない人は手を挙げてください」。そのころは、もう地震があるからではなく、その強度についてマグニチュードの当てあいになっていた。

 これより悪くなるとは考えない。だから私たちは記憶力が悪いのかもしれない。マウリツィオ・デ・ジャングレゴーリオの本には、1800年に、すでにラークイラは危険だったと書かれている。
 私たちは3月31日の危険委員会の報告、市長、評議員の報告を待っていた。新聞は、地震の回数、強度、いつ、どこで地震があったかの数字を載せるために1ページをあけていた。にもかかわらず、「大丈夫です」。今、多くの断層が発見され、その中にパガニカのものも含まれる。それは余り研究されていなかった。専門家たちは、これらの余震が、大地震につながるかもしれないと言うべきだった。鉄筋コンクリートの家であれば、耐震かもしれないが、石の家では、注意が必要だ。そのような警報がされていたら、家の外で、車の中で眠ることも考えられただろう。情報提供者として、正しい情報を受けていなかった私は、人々に適切な情報を与えられなかった。そして逆説的なのは、私地震が最初の犠牲者だということだ。

 専門家や地元当局はどこで何をしていたのだろう。市長は消防のトップだ、良くも悪くもできる。なぜ市が何も言わないのだろうと常々思っていた。それで副市長のリーガに、たずねた。「このところの余震がひどいので、避難の計画はあるのか」と、彼は、「はい」と応えたので、私はさらに「地元の情報手段をすべて使ってやりましょう」と言った。すると彼は、「記者会見は出来ない。会見をすると警告を発したことになるから」と言った。

 新聞の読者はこの時期、私に聞いてきた。一人は、4月6日の3日前に電話をしてきた。ペッティノの住人は、私に言った。「この連続して起こる余震について何も言わないのは、おかしいではないか。どこに避難したらいいのだろう」。私は市にまた問い合わせたが、返事はいつもと同じだった。

 オンナの友達も、私にたずねていた。 ルアーナが、私に何度も電話をしてきた。2歳の女児のことを心配して。彼女は瓦礫の下になってなくなった。ガブリエラには、ある日家の前で会った。同じ質問をしていた彼女も亡くなった。多くの人命が犠牲になったのだ[...]
  

 ラークイラを再建することは、屋根を与えることだけを意味するのではない。絶望させるのは、自分のもの、自分が属していたあの街角、色、匂いを見つけることがもう出来ない、ということだ。オンナでも、再建しても、絶対に同じ街にもどるわけではない、新しい匂いがするだろう。木造の建物が作られたら私もそこへ、入るだろう。そして自分の家を、前にあった場所かどこか違う場所、とにかくオンナに作る可能性を探すだろう。
  

 [...] 他の人同様、地震は私からすべてを奪った。身内の葬式を挙げることもできず、ピッツオ-リの墓地へ葬った。パガニカは使えなかったから。子供たちがいないという事実は、私ももう、存在しないことと同じだ。生き延びることは、難しい。生きる意味を見つけなければならないから。すべてのことが、どの場所にいても、彼らを思い出させる。書いたことすべて、子供と父のことを思いださせる。唯一すべきことは、彼らを何らかの形で追悼することだ。

親でいるということは、心の奥底の事柄であるので、もう親でなくなるということは、何にも取って代えられない。


。。。から出した。 Beppe Grillo 17:50 in 嘆きの壁| 解説 (0)
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2009年10月17日

メシアーノ裁判官の「奇妙な」ケース

Canale5に尾行されるメシアーノ裁判官
(4:41)

裁判官ライモンド・メシアーノは、フィニンベスト社に対して、モンダドーリ社買収を司法的に操作し、当初買収するはずだった、デ・ベネデッティのCir社に損害を与えたとして、7億5000万ユーロの損害賠償を払うよう判決を下した裁判官である。

この事件では、破毀院は2007年、プレヴェィティに有罪判決を下した。彼は、裁判官を買収し、モンダドーリ社は、偶然にもフィニンベストに買収された。プレヴィティは、まずは拘留され、そして社会奉仕した。

今回その事件の損害の額が下されたわけだが、有利な判決をしてもらうために、当時270万ドルが裁判官に、賄賂として渡された。メシアーノ裁判官の判決文は、こう書かれている:


自分の弁護士が、判決のために、裁判官に莫大な金額の賄賂をわたし、30億リラという20年前の金額は大きい、それを何も知らなかったといえるのだろうか?判決の最終的な利用者は君だというのに。

首相は、先週、べネヴェントで、この裁判官のことを「そのうち、何か面白いことが聞かれるだろう」と言った。

というわけで、メシアーノ裁判官は、カナレ5に尾行され、床屋へ行くところを隠し撮りされた。笑いものにするためか、P2風の裁判官に対する恐喝か。


ファイナンシャル・タイムズによれば、フィニンベスト社は、 17億ユーロの負債 をかかえ、7億ユーロのキャッシュしかない。罰金支払いに5000万ユーロ足りない。義捐金を募るのだろうか。


。。。から出した。 Beppe Grillo 21:51 in 嘆きの壁| 解説 (0)
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2009年10月15日

2009年10月4日: ペトラ・レスキ

ぺトラ・レスキ、 聖なるマフィアの著者 - ミラノ ズメラルド劇場 2009年10月4日
(6:36)
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 10月4日、ミラノで行われた集まりに、ペトラ・レスキも出席してくれた。ドイツで出版された「サンタ・マフィア」の著者で、ジャーナリストである。ぺトラは、情報を介したマフィアとの戦いの証人である。彼女の発言をここに掲載する。

ベッペ・グリッロ: 「この本 は、ンドランゲタとマフィアがどのようにして、ドイツに潜入しているかを書いた本です。ドイツはまだマフィア対策の法律が全く出来ていない、マネーローダリングを取り締まる法律のない国なので、まずレストラン、ピッツェリア、ホテルに入り込み、いまは、政治にも入り込もうとしているようです。ペトラ・レスキは、私たちと同じように戦う女性、ここに紹介します。」

ペトラ・レスキ 「皆さんに、お礼を、まず言いたいと思います。この本は、ベッペ・グリッロのブログがなければ、イタリア語にならなかったでしょう。ネットでこの本を知った小さな出版社が、イタリア語版を出版してくれました。ドイツでこの本を出した時、ドイツ人は、「イタリアでこの本が出ないのは明らかだ」と言いました。「なぜ?」と聞くと「イタリアには自由がないから、あなたは恐喝にあうだろう」などと言いました。私は、ドイツで脅され、訴えられました。そして、唯一私に起こったことを信じてくれたのは、イタリア人たちでした。

私がこの本を書いたのは、私が20年間にわたって、イタリアのマフィアについて書いてきているからで、ドイツのマフィアについても ドゥースブルグの後に、書き始めました。それはドイツ人にマフィアとは何かを分かってもらいたいと思ったからです。ドイツでは、例えば、マフィアの音楽を聴くのが流行していますが、それは、音楽が面白いからで、プロデューサーが優秀なハンブルグに住むカラブリアのンドランゲタに近い人だから、この音楽をドイツ中に流通することができたのです。

彼らにとっては、フォークロア的な問題だというのですが、それで私は、この本をドイツ人に、マフィアのことで安心していてはいけないと、分からせるために書きました。すでに40年まえから、マフィアは、ドゥースブルグ、ミュンヘン、エアフルト、ライプニッツ、あらゆるところにいます。

私にとっては、裁判所で、これらの人々の前で、裁判官に愚弄されるのは大変屈辱的な経験でした。 

いずれにせよ、私は、事件について、繰り返し言い続けると思いますが、ただ、ひとつの疑いは、マフィアが、南イタリアの遅れた街の問題だけでないことを分からせるヨーロッパ全体の運動がなければ、そしてサヴィアーノが言うことをドイツでも皆が信じるとしても、ドイツに関係がなければ、大丈夫だと、皆が信じているということです。ドイツ人は、つまり盲目に法律に従い、電車は時刻どおりだと思い込んでいて、イタリアで起こっていることがドイツでは起こるはずがない、と思っているからです。

20年前からイタリアに住んでいます私も、イタリア人のような傾向があります。ドイツについてロマンティックな感じを抱いています。法律は正しく、全員が法を守る、列車は時刻通りに走り、といった。しかし、私自身も、祖国についてのイメージを少し、数ヶ月前から、変えざるを得なくなっています。

私は、ドイツ人にも、このテーマについて、眼を覚ましてもらいたい、ドイツ人だけでなく、この本が翻訳されて出版されたその他の国、オランダでも。オランダではジョヴァンニ・ストランジョ が、逮捕され、彼だけでなく、その他の多くのマフィア下部組織が、どこにでもあるのです、フランスでもポルトガルも、スペインにも。

イタリア人はそれを知っています、しかしその他の人々は知りません。ベルリンの壁が崩壊した後、イタリアの金がドイツ人にとって有利に働いたことを見ぬふりをして、イタリアを批判するドイツ人には、少しうんざりします。

ベッペ・グリッロさんには、、ただお礼を言いたい。私にとっても、最初にDie Zeit紙に、彼の記事を書いた時から、今までイタリアについてみてきたこととは別のことが起こったからです。

イタリアでは常に、右か左、どちらかでいなければなりませんでした。ジャーナリストでさえ、両方を批判することが出来ない状況でした。私はベッペ・グリッロ氏に会えて、本当に満足しています。私にエネルギーを与えてくれたからです。それは、おそらく、ドイツのような国にもかけていることではないかと思います。皆さん、ありがとう。


。。。から出した。 Beppe Grillo 13:31 in 政治| 解説 (0)
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2009年10月12日

政治声明 n.26


 2009年10月4日、聖フランチェスコの日、5つ星の運動が発足した。10月7日、私たちの政策の一つとして要望したとおり、アルファーノ法が拒否された。わずか3日後に私たちの祈りはかなえられた。聖人たちは、奇跡を起こす。

 10月8日、テレビ番組「アンノ・ゼロ」 は、多くの人々がすでに知っていたことを証明した。つまり、ボルセッリノは、国とマフィアの交渉について知っていたことを。これが、急に殺害された理由だった。1992年7月19日のこのダメーリオ通りの事件は、彼とその護衛の血から生まれた第二次共和制の誕生の日である。政治家の主犯らは、まだ私たちの中にいる。

 彼らの名前は、永遠に隠されたままであろう。それは、数多くの人々が関わったからだ。物事は換わらなければならない、運動の時だ。変化の必要性を感じないだろうか?ヘルメットをかぶった国民の時代。

 地方選挙で、エミリア・ロマーニャ、ピエモンテ、おそらくカンパーニア州で、運動から政党として参加する。10月末までに、ブログで候補者を発表する。この運動は、近く定款を作成し、オンラインで 参加できる。投票し、提案し、理解しあい、政策について討議することができる。それぞれの人が重要だ。

 運動には、構造の上の構造は必要なく、州、県、市のコーディネートをする役員のようなものも必要ない、一人一人が大事なのだ。誰でも参加でき、ただ、どの政党にも属していないことが条件だ。

 市議、州議会選挙、国政選挙の候補者は、刑事裁判で有罪判決を得た人は、それが最終審でなくても候補者になれない。また別の政党に属する人、一期以上議員をした人は除く。

 5つ星の市民リストは、2010年の地方選挙に出たい人は、今年同様証明書を提出し、全員が支持される。

 インターネットの時代、委任政治は何の意味もない。国民が一人一人政治に参加するのだ。一人一人の参加に意味がある。この運動は、平等な人の集まりだ。 PDL とPDは、民主主義の隙間、割れ目、スペースをふさごうとして合意している。

 州選挙で、足切りの4%を設けて、連合のプレミアムを与えようとしている。首相は、一人を一人以上に数えたがっている、野党のPDも同じだ。首相のとりまきも同じだ。私たちは、しかし、一人ずつ、数えていく、全員いっしょに。イタリアに民主主義は、存在したことがなかった。おそらく今が始める時期だ。彼らはあきらめないが私たちもあきらめない。

。。。から出した。 Beppe Grillo 21:27 in 政治| 解説 (0)
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2009年10月10日

5つ星運動の政策

5つ星運動: 政策
(25:11)
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ミラノで5つ星の運動を発足させるにあたり、政策の大筋を発表した。内容をネット上で一緒に検討する時間はある。この数ヶ月間に改善する。

120点以上の提案があり、それはすべてユートピア的であるが、そのため、すべてが実行可能であろう。

2009年10月4日エメラルド劇場でのベッペ・グリッロの演説

国と国民

最も重要なことの一つは、国と国民の関係である。県を廃止し、県総督を廃止しよう。アルファーノ法を廃止しよう。憲法教育を議員に義務付け、試験をしよう。
- 議員の任期上限を2期にし、あらゆる特権を廃止、特権の中に、特に2年の議員生活で年金をもらう資格が得られること。
- 国会議員に、任期期間中、他の職業の営業を禁止。
- 役の兼任を禁止、例えば市長と下院議員、どちらかにしてほしい。有罪者の被選挙権を廃止、有罪者が学校の用務員をできないなら、議員もできないはず。国民の請願法案の審議を義務づける。法案をオンラインで公開する。 ・・・


。。。から出した。 Beppe Grillo 16:11 in | 解説 (0)
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2009年10月 7日

10月4日、新しい運動が生まれる

Rick Falkvinge と5つ星の運動
(11:08)
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ミラノのズメラルド劇場の皆様こんにちは、私はリック・ファルヴィング、スエーデンの海賊版政党創設者リーダーです。

グリッロさん、私を招待してくださってありがとうございます。出席できませんが、挨拶だけはしたいと思います。

私たちは、今面白い時代に生きています。権力と嘘が、情報を握っている人にある時代です。

アルグループが他のグループよりも情報を持っているとします。より情報を持っている人たちが有利で、次第に権力に近づきます。それは、過去にも常に情報の有利さを握っている人がしたことです。情報のコントロールを維持するために、文化と知識の管理を維持するために、この情報の有利さを維持しようとしました。

中世時代は、カトリック教会が、文化と知識を独占していました。地元の新婦はその同郷人にすべての有益なことを話すことが出来ました。

1453年、印刷が出来ると、カトリック教会は、それを検閲しようとしました。知識の主導権が危険に陥いりそうになったからです。そして1535年にそれが起こりました。

英国は、別のアプローチをしました。英国人は、一つの機関に印刷を独占させ、それだけが本やチラシの印刷を行えるが、その代わりに王室は、何を印刷するかを決定することができました。このメカニズムは、1557年5月4日に出来、コピーライトと呼ばれ、まだ今でも続いています。

現代のメディアで、この傾向は続き、どこでも誰かが情報の権力にしがみついています。新聞が届けば、検閲者は、人々の世界観を管理していました。

社会主義者と労働者の運動が始まると、前世紀初頭に、労働者の新聞も印刷が始まりました。スエーデンでは、しかし、デンマークで印刷をしなくてはならず、船でおくられました。なぜならスエーデンでは、誰もそれを印刷しようとしなかったからです。これらの考えは、公にするにはあまりにも危険だったからです。

そしてラジオが始まり、同じことです。政府はすぐにこれは危険であると反応しました。皆が考えを共有できる。これは危険だ。独占にしなければならない。このようにしてヨーロッパではいたるところでラジオのモノポリが始まりました。各国が国営のラジオを持つことになったのです。

同じことが50年代、テレビが登場しても起こりました。すぐに情報と知識を管理するために国営になりました。

衛星テレビが出来たとき、ある国は、情報の独占を破るとして衛星盤の所有を禁止することを検討しました。しかし、コストは莫大で、普通の人がある考えを流す危険は、まだ遠いことでした。


今日、過去と違うことは、何がおこるでしょうか。

大変興味深いことは、この過去10年間に起こりました。一気に、もしあなたが情報を持っている側であれば、自動的に、情報を出版する出版社になり、情報が欲しい人誰にでもそれを与えることが可能になったのです。このようなことはそれ以前には起こりませんでした。

インターネットに接続していれば、情報を送ることも受け取ることもできます。あなたが、世界に向けた出版社になるのです。これは、現在情報の優位さを所有している人にとって危険なことです。・・・


。。。から出した。 Beppe Grillo 10:55 in 情報| 解説 (0)
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2009年10月 5日

国民第一 2.0: 教育

ベッペ・グリッロと学校
(4:02)
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 教育のある人は長生きをし、平均以上の収入を得て、騙されにくい。教育は近道がない。 教育は、私たち自身への投資で、その見返りは大きい。

 教育程度の低い国、研究者がいない、高度な教育者がいない国には、将来はない。一国は、国民の教育レベルの総計として定義することも可能である。卒業証書には法的価値はないが、実質の価値、職業上の知識としての価値がある。

 米国の世界で最も重要な、ボストンのマサチューセッツ工科大学 MIT 周辺では、常に、元学生が生み出した企業が成功を収めている。イタリアでは、才能のある学生は、外国へ脱出するか、実習生としてただ働きのコピー取りをしている。

 インターネットは、どの学校でも、教師にとって、教育に必要不可欠な設備であるべきであり、インターネットは、デジタル知識への入り口であり、毎年購入する教科書でいっぱいになっているリュックは、ビジネスで、子供の背中に良くない。

 教師は、評価され、その教育能力に対して(良い)報酬を得るべきである。私たちの子供の教育を任せるのに、彼らの給料は少ない。

2009年10月4日、市民運動を発足した。今日は教育について掲載する。

教育:
- ジェルミーニ法の廃止
- 学生にインターネットアクセスを行わせ、学校でネットを義務的に普及させる
- 印刷された教科書を徐々に廃止し、徐々に教科書を無料化にし、デジタルでインターネットで閲覧できるようにする
- 幼稚園の英語教育を義務化
- 学歴の法的価値の廃止
- 国の資金援助は公立学校のみに限る
- 学生による大学教師の評価
- イタリア語の外国人への無料教育(国籍取得申請に義務付け)
- 大学授業をインターネットで公開アクセス
- 大学研究への投資
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2009年10月 2日

国民第一 2.0: 保健

ベッペ・グリッロと保健
(6:37)
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 州は保健行政の施し物分配係であり、アブルッツォの捜査で明らかになったように、保健に賄賂が横行する。保健の賄賂はイタリア人の健康にどれほど負担がかかっている?

 州の歳出のほとんどが保健関連である。保健担当評議委員は、州知事と同じぐらいの重要ポストだ。保健は、政治家とマフィアにとって新しい黄金郷で、公金の川だ。ミラノのサンタ・リータ・クリニック事件 のように、すべてが支配されている。

 保健は、政治と組織犯罪にとって、群がるべき現金に相当する。まるで聖パトリックの井戸だ。病人にとっては、連邦制イタリア国家はすでに現実となっている。南イタリア、シチリア島、サルデニア島の住民は、ほぼ確実に、治療のために北イタリアへ移住しなければならない。またはその地で亡くなるかだ。

 2009年10月4日、新しい市民活動を開始する。今回は、保健についての提案を掲載する。

保健
 イタリアは、公共の保健システムが誰にでも開かれている数少ない国の一つだ。しかし、現実派、全国の保健サービスの普遍性と均一性の基礎が侵食されつつある。つまり、地方分権、州に保健サービスとその資金調達をまかせ、地域差と、公立の資源と人材を盗み取る私立の保健サービスが浮き彫りになっている。さらに保健を企業のように組織する傾向にあり、サービスの質と健康よりも儲け主義に走る傾向がある。

治療の無料化とアクセスの均等性

- 基本的な保健医療サービスのアクセスを全国的に無差別、無料とする
- 基本的な保健医療サービス以外は収入に比例した料金を設定する
- 保健機関へのアクセスの均衡に関する地方分権効果をモニターし、修正する


- 特許の切れたジェネリックな薬の使用を促進する。その薬は
商標のついた薬と同じ効果をもち安価(イタリアでは商標のついた薬は外国よりも価格が高い) で、承認されたばかりの薬よりも安全である。
- 薬の商品名ではなく、薬用主成分の名前で処方する(例えば英国のように)

情報
- 薬の正しい使い方と副作用、効果についての教育プログラム
- 全国的な保健政策として、正しい生活習慣、健康の自己管理、簡単にできる治療などの文化的な政策をおこなう
- 予防に関する初歩の情報 (健康な食事、運動、禁煙)とその限界について(スクリーニング、予防診断、予防薬)の情報を提供する
- 担当地域で病院での手術の質を測るシステムを導入(成功率、死亡率、治療件数 など)

医師
- 薬品会社のプロパーへの経済援助を禁止
- 医師の公立と私立の病院勤務キャリアを分離し、公立施設で働く医師が私的な手術を公立病院で行うことを禁止する
-公立病院常勤の医師に対して私立病院の最高報酬と同等の奨励をする
- 病院部局長の昇格について透明性と功績の基準を設ける

組織
- 待ち時間(日数)をオンライン化
- オンラインの予約センター設置
- 私立病院を公立の治療に使用する協定、オンライン化
- 家族用診察所への投資
- 州保険局ASLと病院における管理職員の影響を制限する

痛みとの戦い
- 世界保健機構の指導内容や他の欧州諸国と足並みをそろえる。特に鎮痛剤としてのアヘン(モルフィネほか)の使用について。

研究
- 医学科学研究に対する0.8パーセントの寄付
- 軍事研究に向けられている基金から一部研究へ資金投資する
- 社会的不平等、環境汚染などに関する健康研究に対する資金援助を促進する
- まれな病気に対する研究を促進する、大金で外国へ治療へ行かなくてもいいように
- 世界保健機構の指導に従って、国、州レベルで、運輸、都市計画、環境、労働、教育の分野における政策の健康に対するインパクトの評定を導入する

行政
- ごみ焼却場の廃止
- 地方政治、国政によって起こり拡散した損害で、国民が発病したり死亡する事件を、行政の違法行為、犯罪として導入 (大臣、州知事、市長、評議員)

その他の提案: エネルギー 国家と国民 , 情報, 経済, 運輸

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2009年10月 1日

国民第一2.0: 運輸

ベッペ・グリッロと運輸
(1:55)
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 運輸、つまり交通機関は選択肢となるべきだ。150人乗りの電気バスは、150台の自家用車の列よりも好まれるはずで、大気汚染せず、先に到着する。家か自宅の近くの適切な場所で働くほうが、毎日50Km の距離を会社と自宅を往復するよりも良い。それは今日では、可能である。ユートピアではない。インターネットと遠隔労働で、サラリーマンの仕事のほとんどすべてを、動かないで行うことができる。

 公共サービスに投資し、自家用車の渋滞に投資しないことは、今日では可能である。自動車に投資するのは、時代に逆らうことである。自動車は、不確かで、非効率的、高価な移動手段である。運転者は、すぐに衝突事故を起こす(2009年には7000人の事故死者がでている)か、CO2汚染で、もうすこし後で死亡するかのオプションが与えられている。交通手段は、再検討されるべきであり、それ自体ビジネスでありえない。

 地元の製品は、他の地方へ輸送されるべきでない。最も近代的な交通の形式は、私たちの曽祖父の時代に発明された自転車である。イタリアの全都市が自転車安全走行が可能な街になるべきだ。高速列車は必要ない、今ある路線に効率の良い列車が必要なだけである。何百万人の通勤者の生活を改善するために。


 2009年10月4日、人が主体の運動を発足する。7つの提案、エネルギー、保健、運輸、経済、情報、教育、国と国民、が発表される予定だ。今日は、そのうちの運輸について紹介する。

 ピラミッドやコロッセウムのような、過去の時代の大型公共事業。それは公の予算を浪費、横領するためだけに役立つもので、それによって恩恵をうけるのは、建設業者、ロビー、政党だけ。自転車や大気汚染をしない公共交通機関、インターネットを利用した自宅労働、地場産業を促進しよう。

運輸

- 都市圏での自家用車使用抑止策
- 都市圏内外に広がる、安全な自転車道網の整備
- 共同住宅アパート敷地内の駐輪場設置
- 都市圏内の駐輪場の設置
- 1人しか乗っていない私的自動車の中心街への侵入に対して高い税金を課す
- 集団使用できる公共交通手段、電気自動車のカーシェアリングの強化
- メッシーナ海峡橋、ヴァル・ディ・スーザの高速鉄道Tav建設の即刻停止
- 都市圏内の駐車場新建設の禁止
- 通勤列車の開発
-ブロードバンドの全国カバー
- インターネット労働を活用する企業への援助
- 各種公共交通機関の効果的な接続システム
- インターネットで連結し、地元に移転した事務所のための歓待施設の奨励
- 地域の特産物を同地域内に出す市場への援助
- 都市圏内の公共交通手段優先道路設置
- 市のレベルの障害者用交通プランを義務付ける

掲載済みのテーマ: エネルギー, 国と国民 , 情報経済


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