政治声明 n.39

12月14日のベルルスコーニ政府の信任投票は、何度も繰り返される古い儀式である。
「国民(ポポロ)」(この古いが健全な言葉)は、投票する議員たち、投票される首相とその目的とはなんら関係がない。世界でも最悪の新聞によってリーダーに変身させられている傀儡が代表する権力グループの内部の争いにすぎない。
行政権と有権者の間は完全に分離し、それは毎日のように棍棒で現わされている。行政、立法、司法の三権とも、現在のその形は方向付けのない単なる委任であり、国の主権を有する国民の管理から免れ、なんら意味を成さない。それは憲法がまるで特別のものではなく、最低限守らなければならないことでしかないと思われいるのと同じである。
誰が憲法を知っているだろうか?多くの人が憲法が何であるかすら知らない。その条項、憲法を3つ4つ引用する人は政治の天才かとも思われる。イデオロギーは、現在の無を正当化するための歴史のページである。5つ星の市民運動(M5S)には政策があるが、M5Sは政策だけではない。M5Sが望んでいるのは、政治の、ピラミッドの逆転である。望んでいるのは、権力が自家管理する情報炉への攻撃であり、すべての議題に関して各市民が中心であること、資本主義と民主主義的代表権の分離、個人資産の上限、議会の発議のよりも国民による発議の法案審議や国民投票を優先すること、市、州、国のレベルの定足数を廃止した提案である。
別の言葉で言い換えれば、M5Sは、前代未聞の積極的な政治への国民の参加を望み、群集(マス)人間による民主主義は過去のものであり、一人一人の民主主義が未来である。すべての公的行動は透明で、ネットで認められ、個人の責任、期限付き社会奉仕としての政治、 それらが基本であり、それは公的な物事をダニのように占拠する権力、政治的黒幕グループ、終生リーダーの垢を避けるための前提条件である。M5Sは唯一でもなく独創的でもない。その目的はアイルランド、スェーデン、米国の市民運動のそれと同じで、逆戻りできない流れの一部をなしている。それは歴史上様々な時期に、他の権力のために現れたものと同じである。
アッサンジェは、変化の兆しにすぎない。資本家によって、つまりベルルスコーニやモラッティのように財産で選ばれた人間に支配される民主主義、国民が知る権利を持つにもかかわらず国家の秘密にされている事件や国民の管理の及ばない議会など、この民主主義の幻影はもうこれで永遠に終わったはずだ。そのうわべだけのシンボル、公用車、官服、ボディーガード、議員免責などは、消去されるべき残骸である。それらはカタコンベのものである。未来はまだ書かれていない。しかし過去はすでに葬られた。
by Beppe Grillo 21:20 5つ星の市
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